怪談、体験談

怪談や体験談

不思議な話 [小さい時見た夢] 怪談

20年ほど前、まだ僕が小学生低学年だった頃の夢だ。


自分の部屋で本を読んでいた。
ふと本から目を離して部屋を見渡すと、視界がやけに黄色がかって見える気がした。
照明が黄色灯だからなのかな?
そんなに気にせず、でも何か物寂しさを感じて、家族のいるリビングに向かった。


リビングでは母親と、2個上の姉が、仲良くミシンを使ってお裁縫をしていた。
姉の学校の家庭科か何かの授業の宿題らしい。

僕は暇なのでTVを付けようとしたけど、やめて、
なんとなく部屋を見渡した。やっぱり黄色い。


視界が黄色いのは自分の目のせいなのか、本当に世界が全部黄色がかっているのか、
だんだん不安になって、二人に話し掛けた。


僕「ねえねえ、今日、なんか黄色くない?」

母「えー?何意味わからないこと言ってるの?笑」
僕「なんか、見えるものが全部黄色い気がする。」
姉「寝ぼけてるの?笑」


二人とも、僕に目を合わさずに返事をした。ミシン作業に夢中のようだ。


母「そんなことより、もうそろそろ寝なさいね。もう8時だよ。」

リビングの時計は夜の8時を回っていた。確かに、そろそろ寝たほうが良い時間だ。


でも、黄色がかったこの景色が気になって、なんだか不安で眠れそうになかった。


僕「うーん。まだ眠くないよ。」
母「これ終わったらお姉ちゃんも寝るから、少し待ってなさい」
姉「アイツ混ぜて欲しいんじゃないのー?笑」


いつも通りの二人だ。
声も話し方も話す内容も、いつも通り。でも僕がリビングに来てから、一回も目を合わせようとしない。


リビングで周囲を見渡しても、庭を覗いてみても、台所に行っても、全部うっすら黄色掛かっている。もちろん二人も黄色掛かっている。

やっぱりこの黄色い違和感は、なんだか現実感が無くて不安で、僕は二人にまた話し掛けた。


僕「ねえねえ、絶対に今日、黄色いよやっぱり。」

母「まだ言ってるの?笑」
姉「もう先に寝てたら?笑」


僕「ねえねえ。もしかして、これって夢かな?」



ピタッ

と母と姉が裁縫の手を止めて、

二人で顔を見合わせてクスクス笑いながら、
そして僕の方を向くことはなく。


母姉「あ〜あ。バレちゃったかあ。」


と、呟いた。


ここで夢は終わっている。



いつも怖い夢を見たり、または人から聞いたりしても、目が冷めてから冷静に考えると
どこが怖いのか、支離滅裂でむしろ笑い話なことが多いけれど、

この夢は不思議な不気味さが目立ち、20年経った今でも鮮明に覚えている。

不思議な話 [街合わせ] 怪談

10年くらい前、私がまだ地元の田舎県に住んでいた時です。

当時仲が良かった友達と遊ぶ約束をしており、
迎えに行くため車を運転していました。

その友達が通っていた学校の最寄駅に近付いたので、詳しい集合場所を決めようと電話を掛けました。


「そろそろ着くよーどこいる?」
「もう着くの?意外と早かったね!(誰々ー?何君ー?キギャハハハ)」

「ここら辺車止めやすい場所あるかな?」
「じゃあ近くにヨーカドーあるからそこの駐車場に来て(ホントに迎え来るんだー!ギャハハハ)」

「分かった、ヨーカドーの駐車場ね」
「うんよろしくー!(ナニナニマジで来るのー?付き合ってるのー?ギャハハハ)」

その時は後ろのガヤがウルサイなあ、
と思いつつもあまり気にせず、私は無視して要件だけをやり取りしていました。

ガラの悪い友達も一緒に乗っけないとなのかなーダルイなーと、
少し憂鬱に感じながら、電話を切って車をヨーカドーに向かわせました。

集合場所のヨーカドー駐車場に着くと、
友達は一人で待ってました。

後ろでゲラゲラ騒いでいたガラの悪い友達はもう帰ったのだろうかと、安堵して声を掛けました。


「お待たせ!さっきの友達はもう帰ったんだ?」
「今着いたばかりだよー!友達って?」
「え?友達と一緒にいたでしょ?」
「ずっと一人でいたよ?」
「あれ?じゃあ周りにずっと誰かいなかった?」
「さぁ、今日補習で来ただけだから、学校もほとんど人いなかったし。ずっと静かだったと思うけど。」

それ以上確認しても変な空気になるかなと思って、冗談っぽく切り上げて違う話題に移しましたが、
私にははっきりと、言葉も判別出来るレベルで
友達の電話越しすぐ近くからガヤ声が聞こえていたためとても不思議に思っています。

ちなみにガヤ声は今時の女の子の声っぽかったので、その時は怖さとかはあまり感じませんでした。
ケータイの通話でも混線?みたいなことってあるのでしょうか。。

体験談 [大江戸線の話]

社会人の話
大江戸線でおばさんと喧嘩した話

 


通勤で大江戸線を利用していた。
大江戸線は車両の幅が狭い。

 

椅子に座って脚を伸ばせば、前の人の脚に当たってしまうこともしばしばだ。

 

利用者は少ない路線なのだが、朝の車内はそこそこ混雑してしまう。

その日僕は座席に座れず、つり革に捕まり新宿西口駅を目指していた。

 

鞄を手にぶら下げ、ケータイ片手に憂鬱な時間を過ごしていた。

 

東新宿駅を過ぎたあたりで、大江戸線は急カーブをする。

 

うっかりしていた。
僕の体は遠心力引っ張られ、
前に座っているオバサンの膝に、鞄の角でコツーンとぶつかってしまった。

 

「あ、すみません!」

 

慌てて謝罪した。
混んだ車両の中ではよくあることだ。

 

謝りながらオバサンをチラ見した。

 

物凄く睨まれていた。

 

え、そんな怒る?痛かったのかな?

 

「すみません」


もう一度謝った。

 

まだ睨んでいる。


そしてブツブツ何か言っている。

 

 

「はぁー痛い。なんなのよ、痛いわぁ。ほんとに。痛いわぁ」

 

 

え、そんなに痛いか?
僕の鞄はナイロンだしあんまり物もいれてないから超軽い。そんなに後に続く痛さなはずはない。


オバサンは、鞄がぶつかったであろう膝をさすりながら、なお僕を睨み付けている。


なんだか怖い。絶対変な人だ。関わらない方が良いだろう。


電車が新宿西口駅に到着したので、僕は逃げるように下車してエスカレーターに向かった。

 


ゲシッ   ゲシッ

 


ふと靴の踵に衝撃を感じた。

朝の混雑時に靴を蹴られるなんて、よくあることだ。
特に気にせず歩き続けた。

 

 

ゲシッ   ゲシッ

 

またか、まあ人多いからな。仕方ないか。

よくあるよくある。

 


ゲシッ ゲシ

 


え、なんで?おかしいぞ。
もう僕はエスカレーターに乗っている。


チラっと後ろを見ると、さっきのオバサンが真後ろにいた。

 


どうやら僕に仕返ししてるらしい。これは少し恐怖だ。

 

後ろを振り返った僕と、おばさんの目が合った。

 


、、、ゲシッ

 


おばさんは、なんと僕と目を合わせたまま、踵を蹴ってきた。

 


さすがにムカついた。

ムカつく相手には、自分以上にムカつく思いをさせてやるのが僕の流儀だ。

 


僕は
「はぁー、痛い、痛い。」

と言いながら、


蹴られた踵を嫌味ったらしくさすってみた。
オバサンの目を睨みながら。

 


どうだ。自分の真似をされるのはムカつくだろう。
人を馬鹿にすることにかけては自信があるのだ。

 

 

しかし次の瞬間、

 


「踵当たったくらいで痛いわけないでしょうがぁぁぁぁあ!!!」


とオバサンは大声で叫んだ。

 

人口密度の高い朝のエスカレーターで起きた突然の雄叫びに、
周囲が一気に注目したのが分かった。

 

急に叫ばれてビックリした僕は
「ヒィイイイ!」とリアルに悲鳴を上げながら、
エスカレーターの右側を駈け上がって逃げた。

 


今思い返しても恐ろしい叫び声だった。

 


この光景を知り合いとかに見られていなくて本当に良かったと、心から思う。

とても情けなく恥ずかしい怯えようだったはずだ。

体験談 [所長の先輩] ガソリンスタンド2

ガソリンスタンドの話2
所長の先輩


地元でガソリンスタンドマンをしていた時の話だ。

 

君島さんという常連さんがいた。

所長の中学時代の先輩らしい。


週一くらいでうちのスタンドに給油に来ていた。愛車は日産ローレルだ。

 

いつも穏やかでニコニコしていて、目が合えば「頑張ってね!」とやさしく声をかけてくれる、そんな人だ。


このガソリンスタンドは、気性の荒い常連客ばかりなのだが、君島さんは違った。

 

ダンプ屋やダンプ屋や、土建屋やダンプ屋の
罵声飛び交うスタンドの辛い業務を行う中で、

 

いつも優しい君島さんは
一種、僕の心の拠り所とも言える存在であった。

 

そう、信じていた。

 

 


気になっていることがあった。
所長の君島さんへ接する態度だ。


普段から、

ダンプ屋相手にも決してへりくだらず、誰にでも大きな態度で接客する所長は

何故か君島さんにだけはいつも必要以上に丁寧に接しているように思えた。

 

 

「ここら辺で俺に逆らう奴はそういねえ」
と豪語する所長(30)が

 

「いーぁっせぇ~(いらっしゃいませ)」
「あーりっゃし~っ(ありがとうございました)」
と適当な日本語で接客する所長が

 


君島さん相手にはいつもへりくだり、
ペコペコ頭を下げ、

「ありがとうございました」
と正しい日本語を使う。


僕にはこれが不思議でならなかった。
何か大きな恩でもあるのだろうか。


悩んでいても仕方ない。僕は直接理由を聞いてみることにした。

 



ある夏の日の午後、休憩を終えた僕と所長としょうちゃんの3人は

事務所でいつも通り雑談をしていた。

 

スタンドの裏の林からは耳障りなセミの声が鳴り響き、
こちらも負けじと、3人とも語尾にミンを付けて話をしていた。

 

「やっぱりねぎ味噌の逸品が一番だミン」「下手な店よりは絶対旨いミン」

「どさん子よりは確実に美味しいミン」
「どさん子だったら俺らがテキトーに作った方が美味しい自信あるミン」

 

ニュータッチから発売されている凄麺シリーズの「ねぎ味噌の逸品」は、

当店では大変評価の高いカップ麺であり、


昼休みにこれを食らうのが、一種のステータスとも言えるものだった。


カップ麺として最高峰のクオリティを誇る「ねぎ味噌の逸品」と、近所にある「どさん子」というリアルのラーメン店は

しばしば比較の対象とされていた。

 


僕「ところで所長、なんで所長は君島さんにだけ、いつも丁寧なんですか?」

 

しょう「あー。君島さんね。」


所長「・・・あの人は、特別なんだミン」遠い目


なんだ、その意味深な感じは。一体君島さんと所長との間に、どんな過去があるんだろうか?

 

しかし語尾にミンがついていることから、大した理由も無さそうに感じてしまうのが残念だ。


僕「所長っていつもお客さんに態度大きいから、君島さんの時だけメチャクチャ丁寧なのが不思議だったんですよ。一体何があったんですか?」


所長「いや別にお客さんにはみんなに丁寧にしてるミンよ」

いやしていない。

 


所長「えーとそうか、しゅんちゃんは、まだこのスタンドに来て半年か。それなら知らないミンね。」

所長「君島さんは、うちの常連の中で一番怖い人だミン」

 


、、え

あの優しい君島さんが?

 


僕「ちょっと待ってください。俺君島さんて、一番優しい人だと思ってたんですけど。怖い要素なんかあります?」

 

所長「俺らの代で君島さんを知らない奴はいなかったよ、、、。」

 

 

所長曰く、僕らの10世代上のこの町はとにかく荒れていたらしい。


小学校高学年で煙草を覚え、中学ではシンナーを覚える。バイクは教室までの足で、先生に根性焼きをお見舞いする。高校へなんかもちろん進学しない。 


そんな世紀末の世で一際目立ち、鬼と恐れられ、当時中1だった所長を震え上がらせた畏敬の対象が、君島先輩だったとのことだ。

 

 

しかしそれはもう20年近く前の話。
昔ヤンチャだった悪童が歳を重て丸くなったという典型パターンではないか。


成長した君島さんは、今は優しい人になったんだから、もはや恐れることないであろうに。
所長はなにをそんなにビビっているのだろう。

 

 

僕「へー君島さんて、昔そんなに悪かったんですか。全然分からなかったすよ。」


僕「でも今は丸くなってめっちゃ優しい人じゃないすか。やっぱり昔の癖で畏まっちゃうもんなんですか?」

 

 

所長「そうじゃない、、、あれは本当の君島さんじゃねえんだよ」

え?どういうことだ?


所長「君島さんは丸くなってなんかない。歳をとってもずっと鬼だ。」

 

所長曰く
大人になっても君島さんは尖り続けており、目が合えば恫喝、暴行は当たり前のキレッキレな危険人物であるとのこと。
というかもう頭のオカシイヤベー奴であるとのこと。

 

このスタンドの常連となってからも、度々店内で他の客とトラブルを起こしたり、問題となっていたそうだ。

 


僕の知っている君島さんとはイメージが全く一致しない。頭が混乱する。


僕「君島さんが?いつもあんなに優しいのに?」

 
所長「しゅんちゃんが入社する少し前、去年かな。」

所長「君島さんは交通事故で入院した。頭を強く打ったらしい。退院したら、人が変わったように優しくなっていたよ。」


所長「ある日突然、いつ元の君島さんに戻るか分からない。だから出来る限り刺激しないように、いつも接してるんだ。」

 


君島さんとうちの店とが、そんな緊張状態にあったなんて、僕は全く知らなかった。

 

気付いたら所長の語尾からミンが消えている。

 

ブイーン。


お客さんが来た。日産ローレルだ。


ニコニコ笑顔の君島さんが
今日も熱いねー
と事務所に近付いてくる。


いらっしゃいませ!
所長がいそいそと給油に駆け寄る。

セミの鳴き声は止んでいた。

 

 

ーある日突然、いつ元の君島さんに戻るか分からないー

 

僕はこのまま、今の君島さんのまま、変わらずにいてほしいと心から願った。

 


ダンプ屋や土建屋
荒々しく注文を付けながらも「じゃまた来るわ」と、優しさも垣間見せる他の常連たちが、なんとも懐かしく思えた。

 


君島さんが元の君島さんに戻っているのかどうか、
地元を離れてしまった僕にはもう、確かめる術はない。

体験談 [所長の引っ越し] ガソリンスタンド

ガソリンスタンドの話1 

【所長の引っ越し】

 
高校を卒業し、何もやることがなかった僕は実家すぐ近くのガソリンスタンド

「株式会社○○石油 第一営業所」

にアルバイト入社した。

 

そこはテキトーな人々集まり、

ビミョーに仕事し、豪快に遊ぶ、

とても愉快な場所だった。

 


その店はいつも、3人で回していた。

・所長

30歳元ヤン。お調子者。


・ショウちゃん

19歳。中学時代の同級生、お調子者。


・僕(しゅん)

19歳。時給650円底辺フリーター。

 

上記の3人がこのスタンドのメインキャストだ。


10時の開店作業を終えたら、もうその日の仕事は半分終わったようなものだった。

 

事務所の中で3人とも行儀悪くソファーに腰掛け、煙草を吸ってジュースじゃんけんをして、

昨日観たAVの物真似を披露し終わった頃には

午前の業務が終わっている。

 

合間で来るお客さんにガソリン入れたり、オイルを突っ込んだりするのが主な仕事であった。そんな日々を過ごしていた。

 

 

所長はいつも唐突だった。

僕とショウちゃんが何本めかのシケモクに火をつけた時、

店のPCでフィギュアの転売取引(副業らしい)をしていた所長が、思い出したように口を開いた。


所長「ショウちゃん、冷蔵庫欲しい?」

ショウちゃん「え?欲しいす」

所長「しゅん、ベッドいる?」 

僕「え?くれるんすか?」

所長「うん。引っ越しするから。彼女と同棲する。」

僕「急っすね、もう部屋とか決まってんすか?」

所長「まだだけど、先に要らない物は部屋から出しておきたい」 

ショウちゃん「じゃあ仕事終わりに所長ん家に貰い行きますね」

所長「うーん。いいよ、今持ってくるわ。」

 

僕「え、今?」


決断した所長の動きは早く、

引っ越しの話からものの1分足らずで

店のトラックで勝手に出ていってしまった。

 


ショウちゃん「所長ぜってーサボりたいだけだろ」

僕「まあ暇だったからな。」


愚痴を溢しながら二人で店を回す。(といっても暇なのでたいして仕事は無い)

 

なんやかんやガキ2人にとって、

家具が貰えるのはありがたいことであり

ワクワクしながら所長の帰還を待っていた。

いつになく仕事にも精が出た。

 

全身を使ったオーバーアクションで

お客様を給油機までスタイリッシュに誘導し、

いつも無視しているサイドミラーまで

拭き拭きし、

挙げ句の果てに幸せのお裾分けと称し、

 

ご来店の皆様に10円分ずつ多くガソリンを入れる「ゲリラキャンペーン」を勝手に開催するなど、

なんとも分かりやすい浮かれっぷりであった。


そうこうしているうちに二時間程経ち、
トラックの荷台にブツを乗せた所長がドヤ顔で帰ってきた。

 

お疲れーす!

ジョージア微糖で所長をお出迎えした。


所長「はい、しゅんのベッド!」 

僕「あざーす!」

所長「はい、ショウちゃんの冷蔵庫!」

ショウちゃん「ありあーす!」

 

所長「そして冷蔵庫には、こちらも付いてきます」

ドサッ!


事務所のテーブルに置かれる不可解な紙袋。  

 

ショウちゃん「ん?なんすかこれ。」

ガサガサ、、、「うわあ。」

 

紙袋の中から現れたのは、昭和臭漂うコアな熟女盗撮系アダルトビデオ(未開封4作品。VHS)だった。

 

僕「いらな!笑」

ショウちゃん「いや所長、これは持ち帰れないです。」

 

所長「あ?冷蔵庫とセットっつってんだろ。」

 

無駄に顔を作り、凄みを見せつける所長。
多分ふざけているのだろうが普通に怖い。

 

このような無駄にスタートする変なノリは、この店では日常の一コマである。

楽しく終わることもあれば、誰かが実害を受けることもしばしばだった。

 

本格的にイジリが始まる前に

ショウちゃんが切実な訴えを始めた。

 

ショウちゃん「今日、木曜日じゃないですか、本当に厳しいんですよ」

 

そう。今日は木曜日である。

毎週木曜日はショウちゃんの家に

彼女のさっちゃんが泊まりに来る日なのである。

 

「毎週木曜はさっちゃんの日」 

 

これはこの店では周知の事実であり、

遊びや飲み会は木曜日を外してセッティングするのがこの店では暗黙のルールとなっているほどだ。

 

さっちゃんは怒ると怖い子なのだ。

1日セッター二箱のヘビースモーカーであることからも、その気合いの入った屈強さが伺える。

 

完全に彼女の尻に敷かれている座布団系男子のショウちゃんが、こんなコテコテのAVなぞ持って帰れるはずはないのだ。

もれなく根性焼きコースである。


さっちゃんにこんなAVを隠し持っていることが知れたら、ショウちゃんは無事では済まない。
翌日ボロボロのぺったんこになった座布団男が出勤してくる光景が目に浮かぶ。

 

同じスタンドで働く仲間が、

大事な親友が、

そんな仕打ちを受けるなんて、

僕はとてもワクワクした。


ショウちゃんの必死の訴えを聞いてもなお、

所長は真顔で凄みを見せつつジョージアをズビズビ啜っている。


ショウちゃんは僕の方を振り返り言った。
「しゅん、お前持って帰ってくれよ。ネギ味噌の逸品奢るからさ」

注)ネギ味噌の逸品:当時僕らが世界一美味しいと思っていたカップラーメン


僕「あのさ、、人から貰ったものを、そんな風に迷惑がるのって、良くないよ。」

 

ショウちゃん「いや、マジでそういうのいいから!ねえ所長、しゅんに渡しても良いですよね?!」

 

所長(真顔)「ズビズビ、ズズー、、、」

無言でジョージアを飲み続ける。

 

ショウちゃん「なんなんだよ。。」

 

ショウちゃんが不貞腐れて煙草に火を着けた時、

 

ブイーン


と、お客様が来店した。


僕「ショウちゃんは吸ってていい、俺やってくるから」


なんだかショウちゃんが哀れに見えたこともあり、僕は一人でお客様対応のため事務所を出た。

 

お客様の車を誘導して窓を拭いてると、

ふと
ミラー越しに事務所からコソコソと出てくるショウちゃんが見えた。

 

なにやら動きが怪しい。

そのままミラー越しに様子を伺う。

 

 

しょうちゃんは僕のスクーターの椅子下の収納スペースにAVを詰め込んでいた。


、、、なんて奴だ。

 

僕が乗っていたDioというスクーターには、椅子下にそこそこな収納スペースがある。

本来ヘルメットを仕舞ったりする場所だが、
僕はヘルメットはいつもハンドルに引っ掛けるので、収納スペースなんか滅多に開けないのだ。
しょうちゃんもそれを知っている。

 

忘れた頃にあのコテコテのAVの束に遭遇したらと考えると恐ろしい。


なんて姑息な嫌がらせを仕掛けようとしていやがるんだ。
僕の中で静かに怒りを募らせた。

 


お客様をお見送りして事務所に戻ると、

AVの悩みから解放されて朗らな顔になったしょうちゃんが


「しゅんありがとな!次は俺行くから!」

 

と、なんとも白々しいセリフを吐いてきた。

 

僕は何も気付いてないふりをして

「おう、よろしく!」と煙草に火をつける。

 

 

ほどなくして次のお客様がご来店。

 

しょうちゃん「らーっしゃいませーい!」

 

意気揚々と事務所を飛び出すしょうちゃん。
悩みから解放された彼の足取りは軽い。

もう冷蔵庫を彼女に自慢することしか考えていないのだろう。愚かな奴め。

 


僕「所長、あいつ俺のスクーターにAV隠してましたよね?」 

 

所長「あ、気付いてたんだ」ニヤニヤ

 

所長は半笑いを浮かべながら、しょうちゃんのセルシオのキーを僕に渡そうとする。


所長の目は
セルシオダッシュボードにAVを仕込んでやれ!」
と、訴えているようだった。

 

しかし僕は鍵を受け取らない。

 

僕「冷蔵庫に仕込みます」

 

所長「おおおー」


僕は外で給油対応しているしょうちゃんにバレないよう、
コソコソと事務所を出て、

第二匍匐前進を駆使しながらスクーターに近付きAVを無事回収して事務所に戻る。 

 

しょうちゃんが今回貰った冷蔵庫は

独り暮らし用の1つ扉のタイプで、外扉を開けると上部に内蓋があり、それを開くと小さい冷凍室となっているタイプのものである。
 ビジネスホテル等によく設置されている

ごく一般的な冷凍室付冷蔵庫だ。 

 

彼は所長から冷蔵庫を受け取った時


「アイスも入れられるじゃん!部屋でいつでもアイス食える!これはすごい!」

と、冷凍室をとても気に入っていた。

 

僕はAVの隠し場所はここしかないと決めていた。

お気に入りの冷凍室を、AV室にしてやるのだ。

 

小さな冷凍室なので、AVが全て隠せるか心配だったが、そこは天板を力づくで歪ませることで何とか全4本の収納に成功した。  


よし、ちゃんと内蓋も閉まる。
普通に冷蔵庫を開いただけでは、AVが入ってることにはまず気付かないだろう。

冷凍室を使って初めてAVが姿を現す時限爆弾式のビックリ箱の完成である。

 


きっとしょうちゃんは今夜、

冷蔵庫を家に持ち帰り、嬉々と自室の電源にセッティングするだろう。

 

その後さっちゃんを高崎駅まで迎えに行き、帰り道にミニストップでアイスを買うであろう。


おそらく冷凍庫を自慢するために多めに買うはずだ。バカだから。

 

いつものようにさっちゃんを部屋に招くしょうちゃん。
さっちゃんはアイスを多く買ったことに少し違和感を感じているかもしれない。

 

しょうちゃんは
この部屋いつもと違うだろ?

とか言いながら冷蔵庫を御披露目するだろう。

 

冷凍室も付いてることを自慢し、多く買ったアイスを仕舞おうとして内蓋を開ける。


そして溢れ出るキンキンに冷えたカチカチのコテコテのAV。


凍り付くしょうちゃん。
煮えくりかえるさっちゃん。

 


、、、完璧だ。
完璧なシナリオだ。


長い付き合いなので行動パターンも手に取るように分かる。

9割方この流れで間違いない。自信しかない。

 


所長と僕は、
これから起きるしょうちゃんの災難を想像して、ニヤニヤ笑った。

 

事務所の外で、何も知らずにいきいきと働いている彼の後ろ姿が、また笑いを誘う。バカな奴め。


お客様をお見送りしたしょうちゃんが、事務所に戻ってくるのが見えたので、
急いでニヤケ顔を戻す。 

所長は既に真顔でスタンバイしながらエロ本に目を通している。さすがだ。


僕「しょうありがと、次は俺行くわ」

しょうちゃん「おう(^-^)」


駄目だ、コイツと顔を合わせていたら笑ってしまう。


バレたらせっかくのシナリオが台無しだ。気を付けなければ。 

 

平常心を装うために、imodeを駆使して音量MAXでエロ動画を再生する。

 

しょうちゃん「しゅん今観るなやー(^-^)」

 

僕「うるせー集中してんだから話かけんな」

 

所長「・・・」エロ本ペラ、ペラ


よし問題無い。いつも通りだ。
早く閉店になれ。ショータイムは近いぞ。

 


、、、しかし、僕が思っていたよりももっと早く、ショータイムは訪れることになる。

とても気まずい状況で。。。

 


事務所で寛いでいる時に来るお客様は、正直だるい。

 

ブイーン

 

見たことあるキューブが来店した。
しょうのお母さんの車だ。

 

僕の番だったので、いらっしゃいませーと
一応声を出して事務所を出ようとしたら、

 

しょう「あ、しゅん大丈夫!かあちゃんだから!」 

と呼び止められた。

 

僕「いや母ちゃんガソリン入れるっしょ?」

 

しょう「違う、冷蔵庫持って帰るために俺が呼んだ」

 

僕「は?!」

所長「・・え?」

 

僕「、、この冷蔵庫ならセルシオに乗るだろ?」

 

しょう「いや、セルシオ汚したくないから」

 


なんか嫌な予感がする。

 

しょうちゃんのお母さんは、車を降りて事務所に挨拶に来た。


お母さん「所長さん~いつもお世話になってます~。こんな良い物貰ってしまって、ありがとうございますう。あ、しゅん君元気~?」

 

僕「あ、ども」
所長「いえいえ、別に大したことじゃないですからハハハ」

 

しょう「よし!母ちゃん、積み込も!」


AVの入った箱(冷蔵庫)を親子で運んでいる光景は、なんとなく危なっかしく思えて、見てるこちらは気が気でない。  

 

僕と所長は、事務所の中から固唾を飲んで二人の様子を見守った。

 

、、頼む。どうか無事に車に積み終わってくれ。お母さんの前でAV暴発だけは勘弁してくれ。

所長なんか自分の冷蔵庫だとお母さんからしっかり認識されているのだから、余計に気が気じゃないはずだ。

 

親子がキューブの荷台に冷蔵庫を載せる。 

 

パカッ


何かの拍子で、冷蔵庫の外扉が開いた。


万事休すか?!

僕と所長はガタッと立ち上がる。

 


、、、しかし普通に扉を閉めて、作業続行し始めた。


どうやらパンパンにAVを詰め込んだため、内蓋が開かれない限り、AVが飛び出すことは無さそうだ。

 

良かった。本当に良かった。

所長と僕は、もうドキドキが止まらない。
早く母ちゃん帰ってくれ。

 


事務所内の二人の心配をよそに、
外の親子は無事に、キューブに冷蔵庫を乗せ終わったようだ。


ここまで来ればもう安心。
大丈夫、後はシナリオ通りだ。

 

しかし、僕と所長が思っていたより
しょうちゃんはバカで、受かれていたのだ。

 


しょう「かあちゃん!いいだろ!これ!」バンバン!

 

僕(あー、あんまり叩くな)

 

しょう「この冷蔵庫な!」パカッ

 

僕(あー、、扉開かなくても良いだろ別に、)

 

しょう「冷凍室も付いてるんだぜぇ!」内蓋パカー

僕(それはダメー!)

 


バサバサドサドサ!!!!!


待ってましたと言わんばかりに、冷凍室からAVが噴出した。
ちょうどお母さんを取り囲むかのように、足元に散乱するAV。

 


お母さん「キャ!え?!なにれ、えー?!でもこれ、所長さんの、、え、えー?!」


なんてことだ。最悪のタイミングでAVが登場してしまった。

 

お母さんはびっくりして叫んでる。

しょうちゃんは固まったまま口パクパクしている。

 

そりゃそうだよな、スクーターの中にあるはずのAVが、なぜか自分の冷蔵庫から出てきたんだもんな、お母さんの目の前で。

ビックリだよな。

 

 

僕「所長、やば、これどうしましょ、、」

僕は所長の方を振り返る。

 


あれ?所長がいない。

 

所長は物凄い勢いで事務所を飛び出し、お母さんの元に駆け寄り、

 

所長「こ、これぇ!!!ぜ、全部しゅんちゃんのですうぅぅぅ!!!!」

 


所長はなんと全ての罪を俺に浴びせようとしていた。

さっきまで事務所の中で一緒にビクビクしていた人間が、こんなにもフットワーク軽く裏切ってくるとは。

しかし所長、その言い訳は通じるのですか?

 

 

しょうちゃん「あ、、あの、これは、弟の、お土産に、ちょうど良いな!」

テンパりながら、母親の前で平静を装っているつもりなのかあり得ないことを口走るしょうちゃん。 お前の弟はまだ10歳だ。

 

お母さん「何バカなこと言ってんのよ!ヤダァもう!」

 

 

お母さんは冷蔵庫だけを持ち帰り、そそくさと去っていった。

 

二人とも肩を落として事務所に戻って来た。 

 

しょうちゃん「しゅん、これ、持って帰ってくれるよな」

ドサッ

 

AVがテーブルの上に戻ってきた。   

 

僕「うん。ごめん。分かった。」

 

この日はもう、さすがにしょうちゃんをいじり続ける気分にはならなかった。